Fragile(前半)
ケンカをした。
それも、ものすごくくだらない理由で。
実際何が原因だったなんて今更覚えてはいないけど。
いつもなら意地を張る倉田に負けて、俺の方から謝るんだけど…
いきなり泣き出されてなんだかそんな気も失せてしまった。
あいつが泣いた理由なんて考える気にもなれなかったし。
そのまま…もう三日以上口も聞いてない。
廊下ですれ違っても目も合わせようとしない俺達の雰囲気に
飲まれたのか周りの空気がいつもよりも暗い気がする。
ダチには申し訳ないとは思うけど、今更謝る気にもなれないし。
正直、あいつの我儘には少しうんざりしてはいた。
なんだか、気がつくと倉田を目で追ってる自分がいる。
目が合いそうになると気づかれないうちに俺の方から目を逸らしているから、
恵美は俺が自分を見てるなんて多分気づいてないだろうけど…。
昼休みの時間に、校庭でなんだか楽しそうに坂上と話している
あいつを屋上から見ていたらなぜか無性にイライラした。
謝るつもりはさらさらないけど、この状況もなんとかしたい。
「何で今更、あいつのこと盗み見てやきもち焼かなきゃならないんだよ。」
…やきもち？思わず出た呟きにちょっとビックリした。けんかしててもやきもちはやけるものらしい…。
「はぁ〜」
「なーにでけぇため息ついてんだよ。メシ冷めるぞ？」
今日、何度かのため息をついていると、めずらしく日野が尋ねて来た。
「またついてたか？」
「ああ、ニコチン臭くてたまんねえな。」
俺がタバコを吸うのを知っている日野だから笑って答えられるけど、
ちょっとタイミングが悪かった。
「悪かったな。これでも控えてんだよ。」
ムッとして言い返しても、日野には堪えなかったらしい。いや、こんなんで堪えるわけがない。
「んなことで、怒んなよ。倉田もなんか機嫌悪いみたいだけど…。おまえらケンカでもしたか？」
「あいつのどこが機嫌悪ィんだよ？校庭で坂上と楽しそうに喋ってんじゃねえかよ。」
無愛想に答えたのにもかかわらず、日野は笑みを浮かべると顔を近づけてきた。
「…図星だな。」
「…」
「惚けるなよ。いつも一緒にいるお前らが、わざとらしく離れてるんだぜ？気づいてる奴らは気づいてるさ。」
痛いところを突かれて俺は思わず答えに詰まった。
恨めしげに新しいタバコに火をつけ、思い切り吸った煙を
日野の顔に吹き付けるが、軽くあしらわれてしまった。
「ま、お前らのケンカなんて日常茶飯事だけどな。で、今度は何が原因なんだよ。」
しつこく聞いてくる日野に、俺も観念して白状することにした。
「さぁな。」
「なんだよ？原因くらいあるだろう。」
「いや、何が原因だったのか覚えてねーんだよ。」
素直に答えてやったのに、呆れたような顔をされた。
「お前なー、そんな…」
「そんなくだらないことでいつまでもケンカしてるんじゃないわよ。」
ふと、振り返るといつの間にか岩下が立っていた。
「岩下、いつの間に…」
日野の質問には答えずに、俺の向かいがわに岩下は座った。
「相変わらず子供ねぇ、新堂は。」
「大きなお世話だよ。」
「女は意地が強いのよ。あなた年上なんだし、先に折れてあげたら？」
「うるせえな。いつも俺から折れてやってんだぜ？たまにはあいつから謝ってきてもいいじゃねえか！」
まるで子供に言うような岩下の口調にムッとした
俺の思わず大きくなってしまった声に、岩下と日野は顔をしかめた。
「怒鳴らないでよ。こういう所は本当、子供よね。」
「俺達は別にお前とケンカしたいわけじゃねえんだから。」
ちょっとからかっただけ、と続ける日野と岩下の顔を睨み付ける。
時と場合を考えろってんだ。なんだかイライラが酷くなった気がしないでもない。
しかし、当の本人達は睨まれていることなど気にしない顔で話を続け
る。
「ま、どっちが先に謝るかなんて私の知ったことじゃないわ。次、移動なの。じゃあね。」
…なら、なんで絡んできたんだよ！
言って去っていく岩下を軽く睨む。
すると俺の考えを読み取ったのか、日野は肩をすくめると
俺のポケットから勝手にタバコを取り出し、吸い始めた。
「なんだよ？まだ何か言い足りないのかよ。」
「ちょっと…気になることがあってな…」
タバコをとられ、さらに不機嫌なのを隠す気のない俺に構いもせず、
日野は言いにくそうに何度も口から煙を出している。
「何だよ。気になるじゃねえか。早く言えよ。」
いつまでも口を開こうとしない日野に、業を煮やした俺が先を促すと、やっと言いにくそうに話し始めた。
「これこそ俺が口出しすることじゃないんだけどさ…」
さっきまでと違う、少し真面目な口調にドキッとする。
「新堂、お前ここんとこ調子悪くねえか？」
「それがどうしたんだよ。」
探るような日野の視線に耐えられず、目を逸らしながら答えた俺に奴は小さくため息をついた。
「自分でもわかってるだろ？俺もお前も、今大事な時期なんだぜ。進路だって決めないといけないし。
そんなことで、調子崩してる場合じゃねーだろ？」
日野に言われるまでもなく、恵美と口を利かなくなってから俺はなんだか調子をくずしていた。
実際、今日も些細ないざこざを何度か出しては指導室で絞られた。
でも、だからといってそれだけのことで自分が崩れてしまうとは思いたくなかった。
それとこれとは別問題だって自分に言い聞かせていたのに…。
「時間が経てば経つほど謝りづらくなるぞ。冬休みが始まったら尚更だろ？
素直になったほうがいい時ってのもあるんだぜ？意地ばっかり張ってると後で、絶対後悔するぞ。」
「意地なんて…」
「張ってない。って…言い切れるか？」
言葉を取られる。
「別にそうないなら俺はかまわないさ。でもな、後悔するのはお前だ。そこんとこ覚えとけ。」
まるで諭すように言う日野の顔が見れなくて足元を見たままでいると、ちょうど良く予鈴が鳴った。
校庭にいた生徒達が校舎へと入っていく。
俺の反応を伺っていた日野も、タバコをもみ消すと昇降口へと消えていった。
でも、俺は立ち上がることができないでいた。日野の残した言葉が、頭の中で回っている。
俺は全てのことに意地になっているのだろうか？いざこざも、恵美のことも…。
頭を抱えて、屋上のフェンスに寄りかかっていると、ふと視線を感じた。
何気なく探した目線の先に恵美がいる。一瞬合った視線を恵美の方から
断ち切られた。
そうされたことで傷ついた自分に俺は愕然とした…。
校舎に入っていく恵美を見つめながら
このままじゃいけないような気がした…。
心の中に、不安がうごめいていた。
Fragile後半に続く
