Fragile(後半)





あれから一週間が過ぎた。日野の助言も空しく未だに俺達は口をきいていない。ただのケンカでこんなに長く口を聞かなかったのは初めてかもしれない。大抵は俺が根負けして三日もたてば仲直りしてたはずなのに…。
なんだかお互い意地の張り合いになってしまって、恵美を遠ざけていた。そして段々恵美と顔をあわせる機会もなくなっていった。

段々ピリピリしてくる俺の気配に周りもなんだか俺を遠巻きにしているように思える。理由は簡単。自分が自分にイライラしていることと、連絡をしてこなくなった恵美に不安を抱いてること。

いくらおもしろいことでも恵美が俺の傍にいてくれなくちゃおもしろくもなんともないことに今更ながら気がつく。そして気付くたびに言い訳をする。
そして、言い訳をするたびに素直になれなかった事に後悔していた。そして、今日も謝れないまま一日が終わり、ダチとつるんだ後、帰路につく。

帰り道の途中で何気なく見た携帯に着信があった。全部で三件。俺は普段は単車に乗っているのでその間にかかってきたらしい。それに電話に出なくても、決められたコール数のあとに留守番電話に切り替わる仕組みになっている。
急用やどうしても繋がらないときは大抵電話にメッセージが残っているのだが三件とも留守番電話にはなっていなかった。液晶部分にはナンバーが残っていた。普通の電話からだったが、どこか覚えのあるナンバーだった。

でも思い出せない。用事があればまたかけてくる。そう思って全く気にもしなかった。

「ただいま」 玄関のカギを開けて部屋の中に入っても出迎えてくれる人はいなかった。もともと高校になったときから「自分でなんとかしろ」と放任主義になった親だから家にいたり、いなかったりする。家にいたとしても大抵帰ってくる時間が遅いから生活時間帯が重ならない。夕飯の準備がないということはまたどこかに旅行にでもいっているのだろうか。

そんなことを考えながら部屋に入ると、まるでタイミングを計ったかのように携帯が鳴った。

「もしもし?」
『…』
「もしもし?誰だ?」
ガチャッ
「なんだよ…ったくよぉ!!」

せっかく出たのに無言電話だったということに腹が立った。悔し紛れに携帯を叩きつけるようにベッドに置いて悪態をついた。 「風呂はいろ。」

荷物をそこら辺に放ったまま部屋を出ようとした時、また携帯が鳴った。さっきのこともあるし、出るのをやめて自動的に留守電にさせる。

何回かのコールの後、自動的にメッセージが流れる。なんとなく聞いていると俺のメッセージが終わる間際に聞き覚えのある声が聞こえた。慌てて巻き戻してみる。

『ただいま電話に出ることが出来ません。発信音の後に名前と用件を話してください。ピーッ』

俺の声に隠れるように入っているその声は、小さすぎてよく聞き取れなかった。でも、俺はこの声を知っている。誰かの声のはずなんだ。そう思って何回も繰り返して聞いてみる。

『話してくださ…新堂さん…ピーッ』 最後の最後、発信音の後に俺を呼ぶ声が入っていた。 「…え、み…?」

もう一度聞いてみるが小さな声なのではっきりと聞こえない。でも、間違いなく恵美の声だと思った。

「なんで…?」 呟きかけて思い出す。前にも似たような事があった。その頃は恵美に何回も言われて俺が携帯を持ち始めた頃で、番号も恵美にしか教えていなくて…。

そして恵美が新聞部の合宿に行って会えない日が何日か続いた。その時、俺は携帯に慣れてなくてずっと通学カバンの中に入れっぱなしだった。恵美が合宿から帰ってくる日、久々に携帯を出したら恵美の携帯ナンバーでメッセージを聞くための留守電が何通か入っていた。

数日後、それとなく聞いた俺に「声が聞きたかったの」という理由でかけていたことを、真っ赤になりながら話してくれた。 「じゃあ、さっきのも…?」

何もいわないままに切れた無言電話も、留守電になっていなかった携帯への電話も…。みんな恵美だったのだろうか?そう考えると体が熱くなってきた…居ても立ってもいられない…そんな気分だった。一体どんな気持ちで俺の声を聞いていたんだろう。

『意地なんて張っていない。別にそうなら俺はかまわないさ。でもな、後悔するのはお前だ。そこんとこ覚えとけ。』

日野の言葉が頭の中をぐるぐると回る。考えれば考えるほど、自分が情けなくなっていく。後悔なんて死ぬほどした。何度も謝ってしまおうと思った。でも意地が先にたって謝れないでいた。意地ばかり張って恵美のことなど、少しも考えていなかった。
「恵美…ごめんな…」

もし恵美がいなくなってしまったら、俺から離れていってしまったら…俺は一体どうなってしまうのだろう?
そう考えていくうちに無性に恵美に会いたくなった。今まで張っていた意地も、強がりもそんなものどうでも良くなっていた。全てを捨ててでも恵美だけは守っていかなければいけない気がした。

床に置いたままの荷物から財布だけを取り出すと部屋を飛び出していた。
玄関で靴をはきかけてすでに終電がなくなったことを思い出す。財布の中に免許証が入ってるのを確認すると単車のキーをポケットから出した。恵美の家までの道は頭の中に入っていた。付き合い始めた頃、なんども地図で恵美の家までの道を調べたから。

運転中に何度も恵美の顔が目に浮かんだ。笑っていたり、拗ねていたりするその顔はなぜかいつも泣き顔になってから消えた。泣かせているのが自分だと思うとやりきれなくなっていた。

もう少しで恵美の家、というところまできて近くの自販機に単車をとめる。少しためらってから携帯を取り出すと恵美の番号を押してかけた。短い空白の後、コール音がなる。しばらくするとコールが途切れた。

『…もしもし?』
久々に聞く恵美の声。不覚にも涙が出そうになった。
『…新堂さん?』
なぜわかったのか。黙ったままの俺に恵美は確かめるように名前を呼んだ。 『新堂さんでしょ。』

確かめるようにもう一度問い掛ける。 『どうしたの?こんな時間に。』
まるで怒っているような。でも、実際には喜びを隠しているような…そんな複雑な声で聞いてくる。
「留守電…聞いた。」
俺の言葉に恵美が息を飲んだのがわかった。 「今、近くにいるんだ。出て来れるか?」
横暴な言い方なのはわかっている。でもそういう喋り方しかできないから…。恵美の沈黙が怖かった。このまま電話を切られるんじゃないかと思ったとき。
「…わかった。ちょっと待ってて…。」 小さな恵美の声が聞こえた。
恵美がやってくるまでのわずかな時間が、何時間にも思える。気を紛らわすために自販機でコーヒーを買った。 「新堂さん…。」
振り返ると白くなり始めた朝の空気の中に、恵美が立っていた。 「…飲めよ。体冷えるぞ。」
ついさっき買ったばかりの缶コーヒーを恵美に渡す。少しためらいながらも、素直に受け取る恵美に気持ちが落ち着いてくる。 「なんですか?こんな時間に呼び出して。」
コーヒーを一口飲んだ恵美がポツリと呟いた。 「留守電聞いた。おまえだろ。あれ。」 「留守電なんて知りません。」

「それでもいいや。会いたかったんだ、恵美に。」 俺の言い分に恵美が初めて俺の方に顔を向けた。
「なに…?こんな時間に呼び出した理由がそれ?ふざけないでください。ケンカしてたんじゃなかったの?会いたくなったからって…だからって、いきなり呼び出さないでよ!」

半分泣きそうな顔をしているくせに口では強気な事を言う。今までならそんな恵美の態度に腹を立ててケンカになっていたのだろうけれど、今はなんだかいとしく思える。
「ごめん。そうだよな。俺すっげぇ自分勝手かもしれないな。」
「そうだよ…ずるいよ。新堂さん。今まで、目も合わせてくれなかったし…いきなり会いにきたりして…」

「うん、ごめん。気がつくとお前の事、目で追っていたのに意地になってた。そしたら段々謝れなくなって…お前にも会えなくなっちゃって…結局意地も何もかも捨てて会いに来た。やっぱ俺、お前がそばにいてくれないとダメなんだ。」

いつになく素直な俺の告白に恵美は驚いた顔をする
「…それ、新堂さんの我儘じゃないですか。結局、私の都合なんか考えてくれてないじゃない。」

「でも、お前も会いたかったんだろ?留守電の声だけ聞くときは恵美が寂しい時だもんな。それ思い出してここまできたんだ。理由、それだけじゃダメか?」
俺を見つめる目に、涙が潤んでくるのがわかった。泣き顔を見たくなくて、衝動的に恵美のことを抱きしめていた。
「いつもそうじゃない…新堂さん本当にずるいよ。私が聞きたかった言葉…言っちゃったら怒ってても許すしかないじゃない。意地張ってる私が馬鹿みたいじゃない。」
俺に抱きしめられたまま、呟くように答える。 「ごめんな…恵美。」

意地を張っていつまでも謝れなかったこと、長い間恵美に寂しい思いをさせてしまったこと…全てに対しての『ごめん』だから…。 「新堂さん、苦しい。」

身じろぎした恵美に気付いて、腕の力を緩めると、うっすらと涙をうかべた恵美の笑顔が俺を見つめる。
抱きしめているつもりで、守っているつもりで…でも本当は、この笑顔に俺は守られているのかもしれない。それなら俺は、この笑顔を守れるくらい、強くなろうと思った。そしていつか恵美の全てを守れるくらいに…もう決して恵美の泣き顔は見たくないから…。

涙の後の残る頬に手を添えると、誓いのキスのようにそっと口付けた。閉じていく恵美の目を見つめながら、俺は誓いを立てた。 もう言い訳なんてしない。
もし離れ離れになったとしても恵美を手放さないでいられるように、俺は強くなる。だから誰より近くにいてほしい。

終わり







SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送